マラウイは貧しい。
国民一人当たりGNIは570米ドル、一日1.9米ドル(国際貧困ライン)以下で暮らす国民は全体の70%にのぼる。そもそも国が外貨を全然持っておらず、通貨価値も下落。財政は行き詰っている。
そんな中ドルで給料や手当をもらっている駐在員の私なんて上位数%の金持ちにカテゴライズされる。人生初の金持ち経験から、現地人との関わり方で見えてきたことがある。それは一つの真実というよりもマラウイの文化と社会について。何ドルとか数字を言われてもピンと来ないだろうから、私の実体験を書いてみようと思う。
カリブ精神
カリブ(Kalib)とは、チェワ語で「こっちに来て、みんなでご飯を食べよう」という意味。マラウイには助け合い精神が根付いている。「アフリカの温かい心」と言われるのにも一応理由があるのだろう。
先述のとおり、マラウイの人々は貧困を強いられている。国民のほとんどが農業で生計を立てており、干ばつや洪水、ちょっとした雨量の違いでも生活が立ち行かなくなる。気候変動に最も晒される人々ってこういうことなんだ、と初めて身をもって知った。
ただ、どんなに貧しくてもなぜか喰いっぱぐれないという。それは家族や友だちがご飯を分けてくれるから。(もちろん例外もあって、貧しい村ではお年寄りや病気になった家族は家の外に出されるという酷な現実もある。)
このカリブ精神の延長とでも言えるだろうか、もう少し生活水準の高い人々の間では金銭の貸し借りも多い。ここで最もあてにされるのが私のような外国人である。ある意味正しい。だって外国人が金を持っているのは事実だから。
例えば、雇っている運転手さんから、家族が病気になったから、知り合いの子どもの学費を払うから(自分の子どもでさえなくて驚いた←安定した収入があると家族や友だちからめちゃくちゃあてにされるらしい)、葬式に行くための交通費が必要、などという理由で給料とは別に借金を頼まれることは多い。現地人の同僚からは、国外旅行で泊まるホテルへの支払いを建て替えてほしい(これはマラウイの銀行の機能不全のせいでもあるが)とか、友だちの子どもが日本の大学に留学するけど入学金の支払いが間に合わないからお願い、とか、結構あります。
もちろん貸せないわけではない。でも日本で育った自分は金銭の貸し借りに慣れていなくて、めちゃくちゃ戸惑う。このお金は返ってくるのだろうか。いや、そんなこと気にしたらダメなのかな…。一人に貸したら他の人にも貸さないといけなくなるかな…。いや、自分がこの国にいる時だけであればチャリティ感覚でお金をあげてもいいのかしら。などと一通り悩んで、結局いつも貸してしまう。こればっかりは外国人の間でも意見が割れるというか性格や理念があらわになる部分な気がする。むずいです。
Madam, you decide...
さて、貸す・渡す額を提示してくれればまだいいほうだ。実は多くの場合、個人間でも、時には店であっても、Sir/Madam(金持ち、雇い主、客)に支払いたい額を決めろと言ってくる。ほんと、自分に自信を持ってほしいところではあるが、マラウイ人は本当に奥ゆかしすぎる部分があり、こういうことは上位の人間が決めるべきだという風潮がある。絶対に植民地時代の名残だろと思うこともある。
タクシーの支払いはその時のガソリン代によって毎回交渉、テニスのコーチともコート代の変動によって毎回交渉。昼ごはん代を求めてくるストリートキッズも空港職員も警察官も、自分から値段は提示しない。
最近は愛犬が一時いなくなるというショッキングな出来事があった。いつも敷地内からは出ず、呼んだら戻ってくる犬が夕方になっても帰ってこなかった。少し探したあと、心配になって大家さんのお手伝いさんに連絡して一緒に探してもらっていたら、ほどなくして犬を抱いた若者が現れた。小さな犬がひとりで行くには遠すぎるのでは、という場所で見つけてくれたという。最初は、見つけてくれてほんまおおきに(´;ω;`)だったが、お手伝いさんの通訳によると見返りにお金がほしいとのこと。この時もなんぼほしいの?と言ってもI don't konw...の一点張りで、適当に私が決めた額を渡すと、「この犬は売ったらもっと高いのに」などと言って不満そうだった。
あとから大家さんに話すと、ペットを盗んでこんな手口でお金を要求されることは結構あるからね、と教えてもらった。いなくなった犬が戻って来た安心感と、詐欺まがいのことをされたかもしれないこと、自分が金額を決めなければいけなかったこと、でもその若者もそれくらい金に困っていたのかもしれないこと、でもカモにされたくないし、こんなことで人々は豊かにならない、負の連続だろう、いろいろ頭を駆け巡った。
この格差社会で上位に立つことの意味、どうすれば還元できるのか、差を少なくできるのか。間が悪いマラウイ、でも丸く収まるマラウイ。人々はそんなことを言う。何か悪いことが起こっても助け合ってどうにかなる。でも植民地支配の負の遺産と日々向き合い、支配はまったく終わっていないと実感する。むずいです。そんな日々。






