Sex Education観て自分の専攻を思い出した話

Sex Educationシーズン3(全8話)を半日で見終わって我ながら引いている。

シーズン1、2ほどの勢いはなかったかなとも思うけど今回も好きだった。

 

好きな理由を最初に書くと、一番はセックスや性へのアプローチの仕方だろう。これはいろんな人が言ってることだからあまり書かないけど、今まで多くの映画やドラマで引っかかる性描写があった中でそれを真っ向から考え直す、題名通りeducationalなドラマだ。

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主人公が学校でセックスセラピーを始めたり、母はその道のプロだったり、見ている側に情報を提供しやすい環境が整っている。急に専門的なセックスの知識をキャラクターが話しだしてびっくり、なんてことがないというわけ。

もう一つ、物語の舞台がユートピア的場所であることも大きなポイントだと思う。キャストやロケ地(イングランドウェールズの境目、超綺麗、行きたい)は一応イギリスだけど、どこか現実離れした(ちょっとアメリカっぽい)森の中の町にある高校を中心に様々なことが起こる。生徒の人種もセクシュアリティも多種多様。具体的な地名が出ていると、「でもこの国では黒人女性のクィアはこんなに普通に暮らせなくない?」などと感じたりするかもしれない。しかしこのドラマはユートピア的舞台を設定することによって、各国の現状やインターセクショナリティに深入りしすぎることなくセックス・性の話に視聴者が集中できる構成になっているのではないだろうか*1

また、主人公のもとに様々な生徒が悩みを相談しに来るのだが、その1人1人に寄り添ったエピソードが丁寧に描かれていて単純にとても勉強になる。避妊、中絶、性病、セクシュアリティ、同性セックス、ボディポジティブ、学校での性教育の在り方、パートナーとの対話etc.全編を通して本当にいろんな話題に触れることができる。痴漢に遭ったキャラクターが、自分がその男と目があったときに微笑んだせいで痴漢を誘発してしまったのではないかと苦悩するエピソードがなんだか胸に刺さった。似たような経験をしたことがあるのと、痴漢事件ではよく被害者非難があるなぁって悲しくなったからだと思う。誰もがどこかで共感できる要素がこのドラマにはあるんじゃないか。もしかして。

 

さて、このドラマを見ているとよく思い出すことがあった。ツルツルのスキンヘッドと大きな歯、楽しそうに笑っている目。誰?そうだ、大学院時代の担当教員だ(え?)。なんで彼の笑顔が思い浮かぶのか。なぜ。と思っていたら気づいた。授業でこのドラマの話を先生がしていたから。

そう、それはMedia and Development(メディアと開発)の授業だった。そうじゃん、私こんなこと勉強してたんだよな。ということで、ここからやっと本題、Sex EducationのM4Dとしての役割を考える(大学院時代の↑とは別の恩師マーティン・スコット教授の本『Media and Development (2014)』を参考にしています)。

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アベンジャーズ本部に留学してました

何難しいこと言ってんだよってしばかないで。ごめん。Media and Developmentとは、主に途上国の開発においてメディア(マスメディアやソーシャルメディア)がどんな役割を担うことができるかを考える学問だ。そして、M4DとはMedia for Developentの略で、開発のためのメディアという意味。開発ゴールを達成するために個人の知識、考え、実践にポジティブな変化を起こすツールとしてのメディアの戦略的な使用のことだ(ここまで一息)。

M4Dを考える視点は以下の5つ。

  1. 情報の伝達
  2. 適切な考え(態度)の啓発
  3. コミュニケーション、聴衆、行動変化に関する仮定
  4. 変化は計画・コントロール・測定されていて予見可能、外部の組織によって管理される
  5. 人々の参加

 

Sex Educationは先にも言った通り"Educational"なドラマだ。つまり、10代の葛藤を描くことによって視聴者である私たちに性に関する正しい知識や現実に存在する問題を知ってほしい!みんなもっとオープンになっていいんだよ!という製作者の思いが明らかにうかがえる。私はこのドラマもM4Dに当てはまると思う。

1. 情報の伝達。ドラマを見ているとセクシュアリティで悩む人々の存在を知ったりセックスに関する知識を学ぶことができる。例えばノンバイナリーの生徒がチェストバインダー(胸のふくらみを抑えるもの、さらしで巻くと胸部や肌への負担が大きいがこれを使えばそのような心配はない)を使う話が出てくるが、視聴者の中には初めてその存在を知る人もいるだろう。

2. 啓発。これは途上国においては、たいてい伝統的な規範や価値観を変えることを意味する。例えばハンセン病は天の呪いではないよ、って教えたりすること。Sex Educationは性別に対する固定観念(女らしさ、男らしさなど)、性器について話すことや同性愛をタブーとする価値観、性病に関する勘違いへの挑戦状ともいえる。

3. 仮定。M4Dプロジェクトはメディア学、社会心理学、拡散研究などの学問によってある程度パターンを読むことができるというものだ。例えばコンドームの使用や手洗いの重要性がメディアを通してどのように人々に受け入れられているかというと、「行動変化が必要な理由を考える→行動を変える準備をする→実践→継続」という順序が方程式となる。当たり前じゃんと思うかもしれないけどこれがプロジェクトの成果を測るときにも重要になってくる。このドラマでは避妊が代表的な例だろう。

4. 予測可能性、運営。途上国でプロジェクトを行うのは大概先進国の機関だということ。このドラマの場合先進国と呼ばれる国が作ったドラマがNetflixで配信されていてちょっと微妙なので今回はスキップ(ごめんなさい)。

5. 人々の参加。大衆の参加を促すためにはその地域における価値観やメディア消費の特殊性への理解が不可欠だということ。脚本家のLaurie Nunnはインタビューで「10代の視聴者とフランクでありながらも笑える対話ができたのは素晴らしい機会だった」と話している。彼女はドラマ執筆のスキルはあってもそれ以外はすべて新しいことばかりだったという。10代の心の葛藤を学ぶことによってはじめて誕生したドラマなのだ。このようにM4Dはただ一方通行のトップダウンのアプローチではなく、開発される側との相互交流を前提としたものでなければならない。途上国を支援する時のように現地のコミュニティが積極的に参加する、というような直接的な交流の場があるのかはわからないけど、ドラマを見てほしい視聴者層の調査が必須だったのは明らかだ。実際にどこで放映するか結構紆余曲折があったらしい。結局Netflixだけど、そのおかげで10代の若者だけじゃなくて彼らの親世代や教育者の立場にある人達もこのドラマから多くを吸収できるようになったとも考えられる。

最後に途上国で行われたM4Dプロジェクトの代表例を紹介しますね。1つ目はケニアのドラマMakutano Junction。親が子どもの学校のPTA(的なもの)に参加する重要性や蚊帳を使うとマラリアのリスクを減らせるといった情報の伝達がこのドラマを通じて行われた。それと同時に現地のメディア産業自体も活発化したらしい。2つ目は南アフリカSoul City。こちらも既存の社会体制に鋭いメスを入れた(探偵ナイトスクープ?)ドラマで、特に女性に対する暴力を扱ったエピソードが大きな反響を呼んだ。

M4Dは西洋の価値観の押しつけだというような批判も多々あるけど研究分野はまだまだ残っている。テレビだけではなくてスマホが普及した今、更なる研究や実践の価値があるのではないだろうか。

 

Sex EducationがM4Dだとして、これが全世界(仮)に配信されているというのは特に途上国を対象にしているわけではないのであって、舞台となるイギリスをはじめとして先進国と言われる国々にもまだまだ学ぶことがあるってことなんじゃないの、ってめっちゃ思ったのでこの記事を書きました。特に日本の場合欧米の流れを汲む形でしか性や人権、環境問題に注目しないのが現状だなと思うので、日本にいろんな視点が根付くことを願って。

長々と書いたけどそういう概念もあるんだなって知ってもらえたら多額を費やした私の留学生活も報われる気がします。今後アセクシャルの話もそろそろ出てきてほしいかも。シーズン4にも期待。

*1:シーズン3ではなぜかイギリスであることが繰り返し出てきたり「アメリカからの転校生」という新キャラが出てきて変に現実を考えさせられる感じだったのがちょっと残念だったけど何か意図があるのかも。